北丹波農園より高坂鶏、高坂ポーク、高坂Jr.、高坂卵をご案内いたします。

取材一覧

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高坂英樹  北丹波農園(株)代表取締役

  VS  加藤三郎 環境文明研究所所長 

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美しい日本を作るために原点に戻って農業に就く

― 40%を切る食料自給率、生産者と消費者の乖離など、日本の農業には様々な問題が指摘されています。 その一方で、農業を見直そう、都市生活から農に回帰しようという動きもあらわれています。 日本の未来にとって農業はどうあるべきなのか、環境とどう関わっているのか。 今日は環境問題の専門家である加藤三郎さんと、就農から2年で一流シェフが絶賛する野菜や鶏をつくられた高坂英樹さんのお二人に率直な提言をいただきたいと思います。
まず高坂さんは、なぜ成功したビジネスを捨てて農業に飛び込まれたんですか?

高坂 僕は子供の頃から理屈抜きにこの国が好きでした。 札幌の小学校時代、年配の先生から昔は学校の前の川に鮭がのぼってきたという話を聞いたとき、体がフツフツとたぎるような思いがしました。青空の下で羊が草を食み、子どもたちが昼休みに鮭を獲る。そんな日本にしたいと思ったんです。 そのために政治家になろう。紐付きじゃない政治をやるには資金がいる。じゃあまず商売やとレンタルビジネスをやったら分不相応に儲かって、金の欲望にとらわれてしまいました。僕にとって幸運だったのは、上昇気流にのると必ず落とされたこと。何のために商売を始めたのかと、原点に戻ってはまた欲望に負けることを繰り返しているうちに、もう最後のチャンスだと思った。 事業を捨てて売るにも売れない過疎地へ行こうと、98年に丹波の山奥に土地を買いました。

加藤 農地法の規制があるから、いきなり生産者にはなれなかったでしょう。

高坂 あえて農地が入手できないまま単身で移住しました。 手に入らないならそれも自分の運やと割り切ったとたん、6反歩の農地を買わないかという話がきましたが、それからが大変でしたね。煩雑な書類が要る、農業委員会の面接と承認が要る、預金証明も要る。プロの農家が辞めていく時代に、これでは誰も参入できないと思いました。

加藤 ご存知のように日本の農業は手厚く保護されてきました。いまだに利権構造ですし、補助金付けが行われている。結果として産業としての活力が低下してしまったんです。 一方で耕作するなという政策もある。放置された土地が増えると言うことは、自然環境が壊されていくと言うことですからね。 参入障壁をなくし、創意工夫できるようにしていかないといけませんね


美味をつくるのは土と技術 情報公開で可能性を最大化する

加藤 高坂さんが農業を始めて、まずめざされたのはどんなことですか。

高坂 2000年に新規就農して、最初は土作り一本に絞りました。当時、有機栽培は「心の優しい人だけが美味しい野菜をつくります」という世界だったんですが、そんなのが果たして農業と言えるのかという思いがあった。僕の祖父は果樹園をやっていて賞をいただくようなリンゴをつくっていましたが、特別な人格者というわけではない。僕にしたって当然そうです(笑)。 そんな祖父が観察力と肥料の感覚、農薬の使い方だけで美味しいリンゴを作っている。そういうことを立証したいと思ったんです。それにはまず土から始めないと、農業の行き詰まりから脱却できない。僕が土作りから学んだのは、一番大事なのは、雨との関係、つまり排水だと言うことでした。

加藤 土は原点ですからね。適度な雨は恵みですが、今は温暖化による異常気象で猛烈に降る。そのために作物を美味しくしてくれる土中の微生物の働きが不安定になったり、阻害されたりしている。これは非常に大きな問題です。 私は農業の使命は大きくいって二つあると考えているんです。一つは、高坂さんが挑戦しておられる食糧を供給する産業としての農業。もう一つは土を守る、畦道をキチッと保持する、災害に強い山にしていくと、結果として環境を守るという側面です。ここは値付けもされないし、ビジネスの尺度で計れるものでもありません。

高坂 僕は農業の現状を変えていくために、まず発言力を持ちたいと思ったんです。僕は行政に楯突き、農協にも加入しない嫌われ者です(笑)。 そういう人間が発言力を持つためには、農業とはどうあるべきか、環境とは何なのかを考えさせるだけの力をもつ農産物をつくるしかない。それを証明するためにつくったのが高坂鶏です。

加藤 農業技術はさまざまな経験の上に蓄積されると思うんですが、なぜ短期間で結果が出せたのですか。

高坂 観察力と集中力ですね。鶏では世界最高といわれるフランスの飼育データを取り寄せ、見てきた人に環境は、皮や脂肪の感じはと詳しく聞きましたし、農水省や研究機関のデータからもいい点を学ぼうと思いました。配合飼料だって全部が悪いはずはないですから、8種類の鶏を飼い、配合飼料を与える、抗生物質を使わない、餌を与えないなど、あらゆる飼い方を実験しました。メスの産卵期間はどう違うのか、健康な鶏の顔はどうか、感覚として身につけておこうと思ったんです。いま千四百羽の鶏がいますが、僕ともう一人で世話をしている。屠殺も許可を取って自分でやっています。野菜作りでは、1日12時間草刈りしました。全部やることで初めて見えてくるものがある。 農業は本当に大変な仕事ですから、そこに従事する人が未来に希望を持てるような政策が必要ですね。

加藤 農業には、一定水準以上の品質のものを適正価格で大勢の人に供給するという使命もあるでしょう。コストについてはどうなんですか。

高坂 みなさん驚かれるんですが、僕の鶏にはブロイラー種もいます。ブロイラーは質の悪い鶏の代名詞になっていますが、実は品種なんです。 臭いもそう。鶏は一日に人間と同じ量の糞尿をしますが、一坪から三坪に一羽の環境で飼うと土が汚れずうまく循環するんです。どういう飼育がクオリティーに直結するのか、ブロイラーは、どう飼えば、品質の良いものを適正価格で提供できるのか、一年でいろいろな実験をしました。その技術はいずれインターネットで公開します。

加藤 その姿勢は大いに賛成ですね。農業力は環境力ですし、農が生み出す食は、生命の源でもある。農の閉鎖性を打破していくことは重要なんです。

高坂 僕は、今がベストだとは思っていません。現に餌も替えましたし、これからもまた替えていくとおもいます。その意味では生産者ではなく、実験者ですし、いま受けている卵や鶏肉の評価は偶然の結果だと思っています。野菜にしても、土作りができると美味しいものができますが、美味しいものができたときは偶然です。雨続きで日照り不足であったとしても、不味いものができたら、それは人災なんです。そういう気持を基本的にもち続けなければ、農業は続けられないと思っています。


目先の市場価値では計測不可農業が市場経済の是非を問う

―農業の問題はある意味、いまの日本の縮図ではありませんか。 都市化や核家族の進展で、人間は自然の営みや死といったものから遠くに追いやられてしまった。そこに社会の荒廃を招いた原因の一つがある気がしますが。

加藤 魚は切り身で泳いでいると思っている人が本当にいるそうですからね。 そのくらい、いまのわれわれは食の生産現場から切り離されている。まさにそこが問題だと思いますね。もう一つは4割弱の自給率なのに、凄く食べ残しをしている。生きるために生命をいただいているんだという感覚が非常に薄れてきているということは、次世代を育てる上で非常に心配ですね。朝御飯抜きや孤食の子供も増えているでしょう。食の乱れが、健康を含めた心の屋台骨を揺るがしていると思いますね。 これは何も農業や食に限りませんが、今は何でも数値に頼る傾向がある。もちろん数値の重要性はありますが、数値は真理の一面でしかない。まして美人の条件が数値化できないのと同じで食の味覚は数値化できるものではありません。そこをきちんと認識し、多様な価値の存在を認めること。多様な価値の共生こそ、21世紀の最も重要なポイントなんです。

高坂 僕は農業は環境である、環境は国力だと思っています。環境は全ての食の源ですし、教育の原点でもある。

加藤 だからこそ、人が安心して生きられる状況をつくるべきです。環境をきちんと守って、持続的に発展できる社会をつくることが重要なんです。

高坂 >それには躾や義務を負うことも必要じゃないですか。垂れ流しの自由を容認していくと、環境破壊や農地を荒らす事も自由になってしまいます。先人たちの営みと苦労の上に今があるんですから、彼らが自然を大事にして、ありがたみを感じてきた、その感謝の気持を疎かにしてはいけない。

加藤 今は市場経済万能で、極端に言えば、金で買えないものはないというところまできている。市場経済の基本は自由競争で、勝者が正義の風潮ですが、今の状況は行きすぎですね。農業で言えばアメリカなら5分の一のコストで米が出来るから、日本でつくる必要がないじゃないか、野菜もアジアのほうが安いと言う話になってしまう。効率の論理でいくと日本の農業はつぶれてしまいますよ。

高坂 僕が農業を体験して実感したのは、日本の文化の基礎をつくってきたのは自然環境と触れてきた人だということです。親を大事にする、食べ物を感謝する。そういう人間を育てることへ投資とコストをきちんと考えるべきですね。目先のものだけが価値じゃないですから。

加藤 市場価値は非常に短い時間で評価されますからね。午前に株を買って、午後に売って、いくら儲かるか、と。でも、環境や教育といったものは、長い時間で計られるべきです。農業や自然環境の危機はまさに、人類が2世紀続けてきた市場経済の是非を問いかけるものだと思う。農業をやっている人は市場経済と違った、違った価値を堂々と主張していい。21世紀の新たな価値として真っ向から対抗すべきですね。


食育、林業、そして教育 未来のために現状を打破する。

―環境や農業の問題を望ましい方向へ導いていくためには、消費者に啓蒙する「食育」も必要ではありませんか。

加藤 消費者が選んで買うようになれば自然に市場が生まれますからね。いまようやく、そういう傾向があらわれてきました。5年ほど前までは、マーケティングの専門家達は、「100人中99人までが安いものを買う。消費者の環境意識なんてウソです。」と言っていたんです。ところが、最近は信頼できるからこの会社の製品を買うという人が少しずつ増えてきました。まだマジョリティではありませんが、チャンスはあると思いますね。まして食は、自分の健康に直結することですし、食べればわかる。生産者と消費者を隔てて、架空のニーズを押し付けるやり方は、通用しなくなっていきます。

高坂 キュウリでいえば栄養バランスの取れたものはまっすぐに育つんです。 では、曲がったキュウリはすべて栄養バランスが取れてなくて不味いかというと、必ずしもそうでもない。自分で植えて、見つめていて初めてわかることですから、生産者が消費者に伝えていくことも必要だと思いますね。

加藤 僕がもう一つ懸念しているのは、林業なんです。この数年、日本の林を見、関係者の話を聞いてきましたが、日本の林業は農業よりもっと荒廃している。自給率が2割を切っているのに、その議論すらない。関税は事実上ゼロですから、守ってくれる人もいないんです。かつての山大臣は夢のまた夢で、産業として成り立たない状況に追い込まれていました。ここへきてわずかに光明が見えるのは、温暖化との関連。森林は炭酸ガスを吸収しますから、京都議定書のおかげで手をいれた吸収源として収益を生む可能性がでてきた。私個人としては、もっと積極的に、関税復活といった手を打つべきだと思う。日本は先進国では唯一、国土の三分の二が森林なのに、それが危機に瀕している。海の日はあっても、山の日がないのが現状なんです。

高坂 国が買い取って手を入れたらどうでしょう。所持者は困っているわけですから、環境税で買い取れば国有林が増える。国の政策として環境が守られるし、雇用も生まれます。僕は荒れた杉林を利用して、そこでイベリコ豚に匹敵する品質の豚を飼おうと思っているんです。その収益で手入れができますし、豚はどう育つのか、糞が環境にどういう影響を与えるか検証もできます。

加藤 それは面白いですね。高坂さんは今後どういうことをやりたいの。

高坂 今はまだ初期段階ですから、一切の広告をせず「まず口にしてみてください」という売り方をしていますが、早くそこから脱却したい。薀蓄ではなく、なぜ美味しいのか、で始めたいんです。そしてある意味で今は麻痺させられている12歳 以下の子供たちに本来の味覚を取り戻してもらうため、学校給食においしい食を供給できる仕組みを、日本中に広げていきたいと思っています。

加藤 これからの社会は環境負荷の少ない仕組みにつくり変えていかなければなりません。その第一歩は、循環を基調とした社会の実現に地域から取り組んでいくこと。農業はその貴重なキーを担っているのですから、ぜひがんばってください。

2005年3月