北丹波農園より高坂鶏、高坂ポーク、高坂Jr.、高坂卵をご案内いたします。

取材一覧

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日本は農業国となって生まれ変われ!


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農業は文化的な営み

 日本の食料事情はどんどん悪くなっています。自給率の低下だけを言っているのではありません。食べ物自体の品質が落ちていることも問題です。
 これには山の荒廃が大きく影響しています。かつて日本には里山というものがあり、人は自然の復元力を考えながら共生していた。山は多様性に富み、多くの野生動物や微生物を育み、肥えた土壌から湧き出す水はやがて河川となり、流域の田園を潤した。山と海は川で繋がっているので、山の荒廃はたちまち海の生き物にも影響を及ぼすのです。
 私は、農業には様々な可能性があると考えています。効率だけを優先させ、農業を経済的な側面だけで捉えた結果がどうであったか考えてみてください。美しい田園風景が日本人の情緒に働きかける効果、あるいは山の保水力が自然環境に及ぼす効果なども含めて考えていくべきです。日本人にとって農業は経済行為だけではなく、文化的な営みです。ですから、農業を放棄することは日本人としてのアイデンティティーをも失ってしまう。それくらいに考えています。
 今、美味しい野菜を手に入れるにはたくさんのお金が必要です。北海道で優秀なアスパラを作っている農家は、イクラを取り出して廃棄していた鮭を貰いうけ土に入れて肥料にしている。それが発酵し、微生物が発生し土を肥やす。その結果、最高のアスパラが採れるようになったといいます。いわゆる有機栽培の成功例です。
 しかし考えてみてください。このアスパラを誰が享受するのでしょうか。一見すると廃棄物を有効的、二次利用しているような錯覚を受けますが、人間が食べてもおかしくないようなものを使って、美味しい野菜を作ることの意義はどこにあるんでしょうか。結局のところ、一部の金持ちを満足させる嗜好品を作っているだけではないでしょうか。
 私は自分の名前をつけた鶏を育て、それなりの評価をいただきました。「高坂鶏」です。肥育の基本は粗食。動物性たんぱく質を食べさせず穀物だけで育てています。北丹波の山中に放し飼いのような環境を作り、自然に近い状態で育てているんです。後でわかったことですが、自然に近づくほどエサを必要とせず、病気にもかからず、品質は確実に向上します。

農家は土を学ぶべし

 農業を始める前、私はレストランを経営していました。同時に趣味で民族学を勉強しており、この国の根本は農業だと考えました。
 北海道の実家はリンゴ園を経営しており、手伝いでリンゴを路上で売っていたことがあった。売るときはちょっとのキズなんか気にもしなかった。しかし、レストランのオーナーになって買う側に立った時、なぜその小さなキズがこんなに気になるのか。不思議に思いました。
 そこで、農業をやってみようと思ったんです。最初はレストラン経営と同時にやっていたんですが、なかなか野菜がうまく育たない。これは片手間でやるほど甘くないと思い、レストラン経営を辞めて農業だけに集中した。それでようやくちゃんとした野菜を作ることができましたよ。
 更にいい野菜を作るために、まず土壌を研究しようと考えました。
 有機農業をやっている方で、「有機野菜には心が大事、優しさがないとできない」という人がいます。私はこれに対して「優しい心を持った人も、そうでない人も、誰がタネをまいても同じものを育ててみせます」と言いました。農業は宗教ではない。技術とサイエンスでなければ、と考えていたからです。
 調べてみると、フランスの土が良いという。フランスの土を分析すると石灰分が多いことがわかった。日本で言えば薬草がよく取れる伊吹山も石灰分が多い。さらに宮沢賢治も石灰を使って畑をよくして収穫をあげていた。彼は最晩年には石灰会社技師となり農業指導をいています。
 つまり石灰というのがキーワードだとわかりました。しかし、今石灰を使うと、その土壌はセメントのように硬くなってします。なぜ現在ではうまくいかないのか。
 宮沢賢治は収穫が終わったら、山から枯葉を持ってきて、土の上に乗せていたんです。すると、枯葉からマイナスの電子が出て、土との接点でプラスとマイナス両方の遺伝子を持った物質ができる。それで土に石灰を入れてもセメントのように硬くならない。
 私は田んぼの土を山のように一つに盛ってそこに石灰の代わりのカルシウムと、枯葉の代わりのゼオライトという鉱物を入れて二年間寝かせました。プラミッドみたいに土を盛ったから、変人扱いされるし宗教儀式じゃないかとも疑われました(笑)。
 結果、無農薬でそこそこの野菜ができる土壌が出来上がりました。そこから更に進歩させるには、別の技術が必要になるわけですが、先に言った通り、誰が種をまいてもうまくいく土壌にはなったのです。

日本一の鶏育成法

 土に続いて化学肥料を研究しました。
 硫安(硫酸アンモニウム。重要な窒素肥料の一つ)という薬品があるんですが、これは通常一反あたりにつき一袋(二十キロ)の半分くらいしか入れない。それを五十袋入れたんです。すると、植えた苗が次の日には溶けていました。あまりにも強力すぎた。野菜も成長し過ぎる。過剰に肥料をやれば、過剰に育つということがわかりました。
 なぜそんなことをやったのか。一つはパフォーマンスです。過激なことをしないと、科学的な部分はなかなか見向きされない。
 もう一つは、土というものに対して、農家は勉強をしないんです。お米が一反で三百キロ取れた。でも、その斜め向かいの田んぼでは千二百キロ取れていた。企業なら大問題ですが、農家は反省しない。「俺のところはこんなもの」ですませてしまう。
 農家はもっと考えないといけません。失敗を全て天候のせいにするのはやめよう。農業だって進化しないといけない。だったら、十反のうち一反を実験のために使い、学んでいこうと呼びかけたかったんです。
 鶏を始めたのは、ある時「フランスの鶏は世界一だ。日本人にはできない」と言われたので、「より、俺がもっといい鶏を作ってやろう」と。要は対抗意識です(笑)。
 半年くらい資料を集め、文献を読み、養鶏場を回りました。
 わかったのは「空気」が重要な要素だということです。養豚場にも行ったんですが、そこでいい豚を育てている農家は必ず「よくわからないけど、空気の流れが大事だね」ということを言う。考えてみると、豚と鶏の病気というのはほとんどが呼吸器の病気なんです。だから空気の流れ道が大事になる。畜産農家は知識がなくとも、感覚でそれを知っていたんです。
 だから、私は飼育場を吹き抜けにしました。そうしたら周りから「寒くてみんな死んでしまうぞ」と言われた。だったら、と屋根まで取りました(笑)。
 冬の朝、毛布に包まり様子を見ていたら、鶏はみんな凍っていました(笑)。見ている人は可哀相だといいましたけど、一匹も死ななかった。

農業に企業の参入を

 こうすることにより、鶏が健康体になっていくんです。屋内にいる鶏は水で濡れるとベットリをしてしまうけれど、私の鶏は水をはじきます。ぼんじり(おしり)から油を出して毛をつくろう。環境にちゃんと適応するんです。
 健康体になったのはいいんですが、困ったことが起こった。味がとてもたんぱくになってしまうんです。それは鶏本来の味なんですけど、今は何でも「トロ」がうまいという信仰がある。それは嫌ですけど、やはり消費者が好む味に合わせないといけない。
 実は味を出すのは簡単なんです。よりいいエサを使えは、よりいい味になる。つまり儲けがあればあるほど、いいエサを使うことができていい鶏になるんです。
 しかし私はその道に行かなかった。高いものじゃなくてもいい鶏にできるはず。賞味期限が切れ、廃材となったカレー粉などスパイスを活用することを考えました。味がよくなることに加え、薬膳にも通じるスパイスの効果で健康に育っていますよ。
 何が農業を歪ませてしまったのか。私は先の戦争に負けたことが一番の原因だと思います。
 国にとって何が一番大事かというと「食」です。占領国は風土を取り上げ、食文化を壊すことによって、国は弱体化していくと考えた。そして実際に弱まっている。
 その後日本は六十年間、平和が続いている。そのせいで平和ボケしている。日本の外では戦争だらけです。兵法でいえば、食料を自給できないなんて自殺行為です。しかし、「平和の中にいる」という見方しかできないから、食料は買えばいい、いつでも買えると思っている。
 日本は食料自給率を高め、産業の中心を農業に置くべきです。
 そのためには企業とどう関わっていくかが重要です。
 ビジネス面を無視した有機農法のやり方では企業は参入しない。一方、企業は農業がブランドアップになると気が付き始めている。エコや環境、未来の地球のために何ができるのか。むしろ、そういうことをしないと、企業が存続しないことを感じ始めています。
 これはお互いのチャンスです。企業はテレビなどマスコミに使うお金を農業に回せばいい宣伝効果になる。農業にとっては、そのお金は大きな設備投資になるんです
 それに後継者問題も解消されます。農家は後継者がいないとよく言いますが、だったら違う人に変わるべきです。自分の子供が必ず同じ職業をするわけがないのに、農家はそれを求めている。新規参入者もなかなか増えない。だからこそ、企業が参入すべきなんです。
 農業に関われば、人間も育成されます。どんなにかしこい人でも、言葉で動物や植物を騙すのはムリです。どんなに強気で傲慢な人でも、土は言うこと聞かない。謙虚にならざるを得ません。
 言葉や態度で誤魔化すことのできない世界がある、ということをエリートたちは学ぶべきです。そういう感性を学んだ人間こそリーダーになるべきであり、国民全体もそれぐらいのレベルになった方がいい。
 日本は農業国にならないといけない。農業の基盤がしっかりしていて、その上で工業も成り立っている日本になるべきです。

たかさか ひでき
一九六二年北海道生まれ。北海高校卒業後、近畿大学へ。大学中退後、レンタルレコード屋、レンタルビデオ、カラオケボックス、レストランを経営。
二〇〇〇年農業を始める。北丹波農園株式会社代表取締役。